- 2002-03-09 (土)
- カテゴリ:コラム「日々想う」

気が付いたら昨日が私の21歳の誕生日でした。
おめでとう。ありがとう。
これを機に”今までふと疑問には思っていたけどそんなに考え込まなかったこと”を一つ紹介したいと思います。
ずばり,人間はどうして自分の,もしくは他人の誕生日を祝うのか,という疑問です。
人間を含め全ての生き物は生まれた瞬間から死に向かって足を進めているわけですよね。
それなのに,どうして「また1年歳をとったねおめでとう」と祝うのでしょうか。
これは言いかえれば「また1年死が近づいたねおめでとう」と祝ってることになるのではないのか?という疑問です。
昨日,自分の誕生日を迎えてあらためてこの問題について考え,自分なりの一つの答えが見つかりました。
その答えは,生への執着です。
表面上は死への1歩という現象である誕生日を,生への回帰と錯覚して我々は誕生日を祝っているのです。
みなさんは”原点回帰”という言葉を聞いたことがありますか?
直接の意味は,「元の位置へ巡り巡って戻ってくる」というようなことだと思います。
私は専門に勉強した身ではないので本当かどうかは分かりませんが人間は皆,”原点回帰”という欲望を持っているものと考えています。
この”原点回帰”が誕生日を祝うこととどう関係してくるのかというと,鍵は”位置”にあります。この場合の”位置”とは空間的な意味での位置です。
誕生日を祝うのは1年に1回。
1ヶ月でもなく,100日でもなく,半年でもなく,365日に1回。
現行歴であるグレゴリウス歴に基づいて言えば365.2422~5日。
実際に地球が1日に回転する時間と,暦上の時間を調整するために4年に1度閏年を設け,
100で割り切れる年は例外として非閏年とし,400で割り切れる年には例外中の例外として閏年にするという作業の元に決められた1年。
数千年に1日だけずれるといわれていますが,とにもかくにもここまでに正確な1年。
この1年って,地球が太陽を一周してもとの位置に戻ってくる期間のことですよね。
つまりは,太陽系の公転や,銀河の移動などを考慮しなければ,私達は宇宙空間の中,生まれた日とぴったり同じ位置に戻ってきた日を毎回祝っているわけです。
人間は,死に近づくだけの一生を,1年という期間で区切り擬似的な原点回帰を実現させ,それをなし得た者,すなわち誕生日を迎えた者に対して祝いの気持ちを投げかけているのです。
「生きたいという欲求を持つ動物は人間だけだ。」なんていう話を聞いたことがあります。
転じて「自殺をする動物も人間だけだ。」なんていう話も聞いたことがあります。
「動物全てが生きたいという欲求を持っているが,人間はやがて来る他人との隔絶である死に恐怖し,他の動物は今直面している己の消滅である死に恐怖する。」なんていう話も聞いたことがあります。
どうであれ人間は死を絶対的に恐れている。
そしてどうにかこうにかチャンスをみつけては生きることにすりかえて,その確実にやってくる死の恐怖に面向かっているのです。
時間は一直線に流れて行きますが,我々はある一定の期間ごとに同じ位置に還ってきます。
生まれたあの日と同じ位置に戻って来れたね良かったねおめでとう,なんて祝っちゃったりするなんともロマンチックな人間という動物。
これからは,誕生日を迎えた人には,
今日は生まれた日と同じ位置にいるよね
戻って来れたね良かったね
なんて感情をこめて「おめでとう」。
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